アメリカン・サン American Son

アメリカン・サン American Son

しぶい
アメリカン・サン American Son
アメリカン・サン American Son

舞台セットの外の木々が見える壁一面の窓には、大粒の雨が叩きつけられていた。大窓がある天井の高いその広々とした部屋には、幾つかソファーが置いてあるが、そこをジーンズとTシャツ姿の黒人女性が落ち着かない様子で行ったり来たりしている。豪華な広間に彼女の格好は、似合っていない。しかしそこはフロリダの、とある警察署のロビーだった。どこかの高級住宅の一室と思ったのは間違いで、警察ならばラフな格好の黒人女性がいてもおかしくない。だがすぐに事実が分かる。彼女は博士号を持つ大学の心理学教授で、いわゆるエリートだった。私たちは目や耳を通して初めに入ってきた情報を大切にする。しかしそれが真実とは限らない。第一印象と現実の差は、日常的にどこにも存在する。しかしそんな誤った想像や推定が重なると、稀に重大な事故に繋がる事がある。この作品は、そんな人生の、あるいは社会の真実をテーマにしている。冒頭のシーンもこのテーマの伏線で、観る人々の認識と真実の違いを、自然に自覚できるように工夫されていた様に思う。

あらすじ&コメント

さて女性博士ケンドラがいても立ってもいられないほど不安なのは、18になる息子ジャマルが夜遅くなっても帰って来ないからだ。それで息子の行方を知るために警察に来ている。ジャマルは陸軍士官学校への入学を控えている優秀な青年で、連絡せずに帰りが遅くなるようなことはこれまでなかった。しかも携帯は通じない。そして彼女はあることを思い出し、いよいよ不安に苛まれている。

ケンドラと白人のFBI連邦捜査官の夫は、彼の浮気が原因で数週間前から別居していた。その所為でジャマルは、父親への怒りから車に「Shoot Cops!(警官を撃て!)」と書かれた大きなシールを車に張っていた。そのことをケンドラは思い出していたのだ。息子の肌が黒く、がっしりとした体格であることも、彼女の不安を増長していた。
そんな焦燥する彼女の前に、夜間勤務の白人警官が現れる。「息子さんは街の仲間からはどう呼ばれていましたか? 逮捕歴を教えて頂けますか?」と聞かれた彼女は怒り出す。そのような質問は、警察の決まった手順なのだが、彼女は自分が黒人だから差別されたと感じたのだ。彼女は全ての出来事の裏には黒人への差別が隠れていると信じていた。それで声を荒らげて、白人警官に抗議を始めたのである。そうこうしているうちに別居している夫が駆けつける。時計の針は既に夜中の3時を回っていた。はじめは緊張しながら状況を確認し合っていたケンドラ夫妻だったが、やがてそれまでも何回も繰り返されたのだろうと思われる人種差別について、言い争いになってしまう。どうも彼らの別居 には、愛情の枯渇ではなく、二人の人種差別に対する姿勢の違いがの背景にあったようだ。

そこへ漸く担当警部補が現れる。ケンドラはおおいに驚く。彼が黒人だったのだ。黒人である自分を長い間平気で待たせるのだから、白人に違いないと思っていたのである。

脚本は、クリストファー・デモス-ブラウンの筆による。彼はマイアミの法廷弁護士で本作が6作目となる。そのほとんどがフロリダで公演されており、今回の作品がブロードウェイでのデビュー作となる。

演出はケニー・レオン。彼は『ア・レーズン・イン・ザ・サン/A Raisin in the Sun』(リバイバル 2014)でトニー賞を受賞している。
舞台装置はデレック・マクレイン/Derek McLane。トニー賞・演劇舞台装置デザインを1回授賞。『33ヴァリエーションズ/33 Variations』(2009)
照明デザインはピーター・カチョロフスキ/Peter Kaczorowski。
トニー賞・照明デザイン賞を1回授賞。『プロデューサーズ/The Producers』(2001演劇・ミュージカルの部門が分かれる前。2005年以降は各々で照明デザイン賞が授けられる様になる。)

この作品は、先入観と、些細な誤認と、偶然が連続的に重なって不幸が生まれるという、人生の現実の一側面を取り扱った秀作となっている。
多くの日本人には先祖か奴隷を連れて来たという加害者意識も、先祖が奴隷として連れてこられたという被害者意識もない。またそれによる差別を意識したこともない。何世代にもわたって米国で生きてきた黒人と白人の感覚は体験しにくいと思う。そこで、ここでは作品の前提となっている人種差別については考察するのを控えたい。そもそもこの作品の本質は、そことは別のところにあると思うので、その点を中心に紹介を続けたい。

最近アメリカでは、 作家マーク・トウェインの小説や、そこに登場するトム・ソーヤに触れることが少なくなった。それは小説中で大人の黒人のことを、大人であっても子供であっても「ボーイ/ Boy」と呼びかける箇所が出てくるからだ。当時の南部ではそのように呼ぶのが当たり前だったのだが、現在ではそれを差別用語として排除するのが、社会習慣となっている。その所為で、昔はアメリカが誇る名作とされていた「トム・ソーヤの冒険」は、学校の教材にはならないし、図書館にも陳列されていない。このようにアメリカ人は、人種差別を無くすためにあらゆる努力をしてきている。しかし現実として人種差別は止まない。そこにある本質的な人間の性(さが)を見つめ直す時機がきているのではないだろうか。

人にはある二つの能力が備わっている。ひとつは対象をグループ化することで素早く状況を把握する能力。いまひとつは、自分にとって安全な仲間を瞬時に見つけ出す能力だ。
前者は沢山の物事を認識しようとする時、それらを似ているグループにカテゴリー化する性質ともいえる。人は、雑然とした物事のなかに統一されたルールを見つけ出し、分類化し記憶し行動する。その対象は人でも同様で、グループ化することで、一人ひとりの次の反応やグループとしての反応を素早く予測する。もし過去に、同じようなグループがあったことを思い出せれば、より正確にその次に何が起こるかが予測できる。たとえば目の前で風船が膨らみ始めれば、やがて破裂することを経験から推測する。目をつぶって耳を手で覆うか、逃げるか、排除する。これは危険から身を守る素晴らしい能力で、 グループ化の結果から次に起こる事態を想定するのは本能だろう。一方後者の能力は、私たちが赤の他人に始めて会った時、その人が家族や親友と似ていれば、親しみをより強く感じる、という感覚に通じる。心理学の実験に次のようなものがあった。まず大人数の試験対象者に、 一言もしゃべらずにグループを作るように指示する。やがてグループができた後、グループ毎に各人の生きてきた環境や経験を調べると、似ている状況や体験を積んできた者同士が、グループを組むという傾向が判明する。彼らは会話をしていない。つまり、それぞれ 見た目、顔つき、ジェスチャーなどから無意識に自分に似た他人を自分のグループのメンバーに選ぶのである。そのような傾向は、本能的に備わっているらしい。日常生活でも、父親が嫌いだと言いながら、その父とそっくりな男と恋に落ちる女性や、母親を避けていた男性が母親に似ている妻を選ぶケースなど、よくある話だ。 同じように白人は白人と一緒に行動したいと思い、黒人は黒人と一緒に行動したいと思うのは、何ら不思議なことではない。だがそのような本能的な行動の先に、自分達グループと違う者を排除しようとする感情は生まれて来る様に思う。

もしあなたが街を巡邏している警官だったらどうするだろう。もし「Shoot Cops!(警官を撃て)」というシールがバンパーに張られた車を見かけたら、あなたは車の運転者が自分たち警官に対して挑戦的なタイプと推測するだろう。そして中にジャマルと一緒に乗っていた黒人が、麻薬保持の犯罪歴を持っていたら、あなたの警戒度は更に高まるだろう。街を巡邏している警官のあなたは、常日頃から見聞しているのは悪事を働く連中だ。車を降りてきた3人の大柄の若い黒人に対し、恐怖を感じたとしてもおかしくない。そしてその夜は大雨だった。ジャマルは警官に指示されて車から降りて警官に近づいていく途中で、滑ってその大きい体ごと前のめりになる。驚いた警官は襲われると瞬間的に思い弾を引いた。
もし後ろ窓に「Shoot Cops!」と書かれたシールが張られていなければ。
もし彼が黒人ではなく白人だったら。
もし彼が大男ではなくチビで痩せていたら。 
もし・・・・・
どれかの「もし」がひとつでもあれば警官のあなたは、銃に手をかけることはなかったかも知れない。が、ケンドラ息子ジャマルの場合、一つの「もし」も当てはまらなかった。

この作品は一方的に人種差別を批判しているわけではない。特定の考え方を押しつけようとはせずに、日常にあり得る問題を提起して、別の側面から人種問題を考える機会を与えてくれる。だから観る前から、やっかいな人種差別問題の話なんだと身構える必要はない。身構えて滅入るのではなく、「何故?」と思考を廻らせたり、その「何故?」と感じる時間を大切にしよう。
この作品は出演者が4人だけだ。セットやデザインの取り替えも衣装替えもなく、テーマは暗くて淡々としている。けれども飽きない。それはストーリーが優れているからだけではない。日常に潜み、十分起こりうる悲劇をテーマとしているからだろう。普段見聞きするニュースの裏側に隠れている事実を、実感として共有できるからだ。そんな疑似体験をするだけでも価値がある。 ともすれば商業ベースになりがちなブロードウェイに、こういう類の作品もある事に感謝したい。閉演:1月27日2019年

Booth Theatre
222 W 45th St.
上演時間: 90分 (休憩なし)

NY Times 8
Wall Street Journal 7
Variety 6

舞台セット ★★★★★
衣装 ★★★★☆
照明 ★★★★☆
総合 ★★★★☆

Photo by Peter Cunningham, 2018

Photo by Peter Cunningham, 2018

Photo by Sophy Holland 2018

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